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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)79号 判決 1977年1月26日

原告 山崎猪里

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和五〇年五月二二日同庁昭和四七年審判第二六八六号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一  原告は、名称を「貼紙防止カバー」とする考案について、特許庁に実用新案登録出願(昭和四二年第三九二〇五号)をし、特許庁から、拒絶査定を受け、さらに、これに対する不服審判において、審判請求不成立の審決を受けたが、その間の特許庁における手続は次のとおりである。

(一) 昭和四二年五月一二日 原告の登録出願。

(二) 昭和四六年四月七日 特許庁の「実公昭四二―五七三六号公報(以下「甲引用例」という。)及び実公昭四〇―二七八九四号公報(以下「乙引用例」という。)により容易に考案することができる。」という拒絶理由の通知(第一回)。

(三) 同年五月二七日 原告の意見書提出。

(四) 昭和四七年三月一三日 特許庁の右(二)と同一の理由による拒絶査定。

(五) 同年五月九日 これに対する原告の審判請求(同年審判第二六八六号)及び手続補正書提出。

(六) 昭和四八年六月二〇日 特許庁の「乙引用例及び実公昭三九―三一三七〇号公報(以下「丙引用例」という。)により容易に考案することができる。」という拒絶理由の通知(第二回)。

(七) 同年八月六日 原告の意見書提出。

(八) 同年一〇月九日 特許庁の「本願考案と丙引用例との作用効果の差異が明細書中に記載されていない。」という拒絶理由の通知(第三回)。

(九) 同年一一月二六日 原告の意見書及び手続補正書提出。

(一〇) 同年一二月一八日 特許庁の出願公告決定(昭和四九年四月六日公告)。

(一一) 昭和四九年五月三一日 バンドー化学株式会社の登録異議申立。

(一二) 同年六月一日 ロンシール工業株式会社の登録異議申立。

(一三) 同年九月二七日 右登録異議に対する原告の答弁書提出。

(一四) 昭和五〇年四月一日 原告の再答弁書提出。

(一五) 同年五月二二日 特許庁の審決(審判請求不成立)。

(一六) 同年六月一六日 特許庁の原告に対する審決謄本の送達。

(考案の要旨)

二 本願考案の要旨は「塩化ビニールその他の合成樹脂板2が縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起3あるいは凹凸を備えてなる貼紙防止用カバー」(別紙第一図面参照)というにある。

(審決の理由)

三 そして、右審決は、本願考案の要旨を前項のとおり認定したうえ、次のような理由を示している。

実公昭三九―三一七号公報(以下「丁引用例」という。)には「上下辺1・1および両側辺2・2より成る角型の外枠3に所要の間隔で適数の横辺4・4を列設するとともに、各辺間に縦横に適数の縦帯5・5および横帯6・6を交叉列設して網状とした主体Aをポリエチレンのような屈曲可能の合成樹脂により一体に形成し、上下辺1・1および横辺4・4の両端には、主体Aを筒状に巻曲し、両端を重ねたときにおいて互に脱着自在に嵌合する縦突条7・7および縦凹溝8・8ならびに膨出頭部9を有する掛合突起10・10および掛合孔11・11の所要数をそれぞれ列設し、かつ、各縦帯5・5および横帯6・6の表面には所要の間隔で任意形状の多数の突起12・12を一面に列設し、横辺4・4の前面にはスコツチライトのごとき光を反射して輝くテープ13・13を適宜に貼着してなる電柱貼紙防止網。」との構成(別紙第二図面参照)及び「この本体Aを電柱に巻き付け固定すると、各縦帯5・5および横帯6・6に突設した多数の突起12・12のために貼紙等の貼付が不可能となるのである。即ち、貼紙の裏面に糊を塗布して主体Aの表面に貼り付けても、糊は突起12・12の極めて少ない面積の部分にしか接触せず、貼紙を保持するほどの附着力を生じないので、いかに多量の糊を用いても貼紙の貼着は不可能となる。」との作用効果が、甲引用例には「ゴムその他の柔軟性の材料で作られた基板1の外面に、同様の柔軟性材料によつて多数の中空凸条2を一体に形成してなる電柱カバー。」との構成(別紙第三図面参照)及び「この電柱用カバーを、電柱における車輛の衝突の予想される部位に予め巻きつけて置くと、この電柱用カバーは柔軟性基盤1の外面に多数の柔軟性中空凸条2を形成した弾性カバー体としたので、基盤1そのものの柔弾性の上に、中空凸条2の強大な柔弾性が加わつてその緩衝作用は著しく増大し、電柱に自動車等の車輛が衝突したときに、その衝突両物体の双方に対して損傷を著しく軽減し損害を軽くすることができる。」との作用効果がそれぞれ記載されている。

丁引用例の考案は、合成樹脂で構成しその表面の縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起を備えてなる貼紙防止カバーである点で本願考案と一致するが、カバー本体が、本願考案では板体であるのと相違し、網体に構成されている。しかし、甲引用例には、ゴムその他の柔軟な材料で板状体に構成した基板を電柱に巻きつけて用い、電柱に自動車等が衝突した際、衝突両物体の損傷を軽減するようにしたものが記載されているところ、一方、本願考案においてカバー本体を特に板体に構成した目的、効果は電柱等の建造物に自動車等が衝突した際、建造物と自動車等との保護をはかる点にあるものと認められるから、両考案は目的、効果において同一であるということができる。したがつて、本願考案と丁引用例の考案との相違点である「カバー本体を網状体にかえて板体に構成する」ことは、当業者が甲引用例に基づき容易になし得る程度のことであつて、格別の考案力を要するものではない。

よつて、本願考案は、丁引用例及び甲引用例から当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

(審決の取消事由)

四 しかし、右審決は、後記の理由により違法であるから、取消されるべきである。

(一)  審決は、信義則、禁反言の原則に違反している。すなわち、

前掲一の経過から明らかなとおり、被告は、本願考案について、進歩性を否定するのに、第一回の拒絶理由通知及び拒絶査定においては、甲、乙引用例をもつてしたが、原告が審判請求書において詳細に反論したため、第二回の拒絶理由通知においては、乙、丙引用例をもつてし、原告が意見書をもつて反駁したところ、第三回の拒絶理由通知においては、丙引用例のみをもつてし、しかも、極めて具体的に丙引用例との作用効果の差異が明細書において明かでないことを指摘した。これがため、原告としては、結局甲、乙引用例については、もはや拒絶理由とはされないものと信じるにいたり、丙引用例との関係について、意見書並びに手続補正書をもつて主張を補足したところ、被告は本願考案につき「拒絶の理由を発見し得ない」として出願公告を決定したので、甲、乙引用例が拒絶理由とされることはあり得ないとの原告の確信は不動のものとなつた。しかるに、被告は、右出願公告後、登録異議の申立がなされ、その申立理由中にたまたま甲引用例が挙げられるや、本件審決において、従来審査、審判の過程において自ら原告に与えた確信を裏切り、原告との信頼関係を紊して、全く恣意的に再び甲引用例をもつて本願考案の進歩性を否定し、その登録を拒絶したものである。

(二)  次に、審決は出願公告制度の根本を紊すものである。すなわち、

出願公告の制度は、発明、考案の早期公開とこれによる審査の完全性を目的とし、万能でない審査官、審判官による審査を補うため、出願にかかる発明考案を公告して公衆の審査に附し、審査官、審判官の発見し得なかつた新たな拒絶理由の発見に努めるのを本旨とするものであつて、出願公告前に発見し得た拒絶理由のごときは、専門知識を有する審査官、審判官が出願人の意見を徴して十分に管理を了えているから、敢えて公告制度を籍りて公衆の指摘を俟つまでもないのである。しかるに、本件審決は、前記経緯のもとに、本願考案の出願公告決定において一旦拒絶理由から排斥された甲引用例が登録異議申立の理由中に挙げられたため、一転、これをもつて本件出願を拒絶する理由としたものであるから、出願公告制度の本旨に反している。

(三)  また、審決は法的安定性を著しく損うものである。すなわち、

被告の拒絶理由通知とこれに対する原告の意見書提出はそれぞれ民事訴訟手続上の攻撃及び防禦の方法に、被告の出願公告決定は同じくこれら攻撃、防禦の方法に関する中間判決に擬することができる。そして、その中間判決に擬すべき本願出願公告決定は甲引用例が本願考案の進歩性を否定する理由にならないとの判断に立つたが、これに対する終局判決に擬すべき本件審決は、一転して中間判決の判断を覆して甲引用例をもつて本願考案の進歩性を否定する理由としたから、法的安定性を著しく損うものである。

(四)  仮に、上記主張に理由がないとしても、審決は、次に述べるとおり、本願考案と丁引用例及び甲引用例との対比において判断を誤り、その結果、本願考案の進歩性を否定したものである。なお、右各引用例の考案の構成がそれぞれ審決認定のとおりであることは争わない。

(1) 丁引用例との対比について

丁引用例の考案の構成において「ーーーー各辺間に縦横に適数の縦帯5、5および横帯6、6を交叉列設して網状とした主体ーーーー」という場合の「縦横に」とは「タテヨコに」の意味であり、また、そのようにタテ、ヨコに交叉させた縦帯及び横帯の表面に突起を列設するとされているのであるから、その突起もタテ、ヨコは適宜の相互間隔を保つものであるが、これに対し、本願考案の構成において「ーーーー縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起3あるいは凹凸を備えてーーーー」という場合の「縦横に」とは、「タテ、ヨコに」ではなく、「万遍なく」あるいは「無数に」の意味である。換言すれば、丁引用例の考案においては、タテ、ヨコに縦帯及び横帯を交叉させて主体を網状とするため、網の目に方形の間隙が必然的に生じ、かつ、その部分には小突起を設けることが不可能であるから、小突起を本体上に「万遍なく」設けることは不可能であるのに対し、本願考案においては小突起を本体表面に「万遍なく」設けることを構成上の要点としているのである。

そして、両考案は、右のような構成上の差異に基づき作用効果上次のような差異がある。すなわち、

1 本願考案は左の作用効果を有する。

(a) 本体の表面に万遍なく設けられる小突起は、少さい円錐形、角錐形であつて、貼紙に対して点接触以上に広い接着面を与えることがないから、コンクリートと異なり、貼紙が貼り難い。

(b) 大型建造物自体に小突起を設けるのに比し、製作が極めて簡単である。

(c) 貼紙を強いて貼付けても、突起間に雨水が浸入して糊を洗い落し、かつ、突起間の空気が膨張して気流を発生させ、これにより貼紙の剥離作用が生じる。

(d) 弾性があるため、コンクリート電柱の表面自体に突起を形成したものと異り、通行人、自動車に危害を及ぼすことがない。

2 これに対し、丁引用例の考案は作用効果において左のように本願考案と基本的に異なる。

(a) 本体に網の目に生じる方形の間隙部分から電柱自体に糊を附着させて貼紙を貼着させることが可能であるとともに、電柱と貼紙との間の通気が妨げられるから、貼紙の剥離作用が生じない。

(b) 網の目の方形の間隙部分には小突起を設けることが不可能であるから、小突起は本体上に散在するにすぎず、それ以外の部分はすべて貼紙に対し広い接着面を与える。

(c) 本体が網状であるため、必然的に「上下1、1および両側辺2、2より成る角型の外枠3」を必要とし、しかも、その外枠は、内部の縦帯5、5および横帯6、6を支えるのに上下辺1、1両側辺2、2とも相当の幅を持たさなければならないから、そのように幅広い各部に糊付けして貼紙をすることが可能となる。

審決は、両考案の構成における「縦横に」なる文言に眩惑されて、その構成上の本質的な相違点を看過し、ひいて、その作用効果上の基本的な相違点を見逃したものである。

(2) 甲引用例との対比について

甲引用例の考案はもともと物体が衝突した際の電柱等の保護を唯一の目的、効果としたものであるが、これに対し、本願考案は電柱等への貼紙の防止を主要な目的、効果とするものであつて、電柱等の保護のごときはその副次的な目的、効果にすぎない。審決は、本願考案においてカバー本体を特に板状に構成した目的、効果を、電柱等の建造物に自動車等が衝突した際建造物と自動車等との保護をはかる点にあるものと認めたが、本願考案において本体を板状にしたのは、構成の要点として、本体の表面上、縦横に、すなわち万遍なく小突起を設けることとしたための必然の帰結であるにすぎない。

したがつて、審決が両考案の相違点たる「カバー本体を」「網状体にかえて板体に構成する」ようなことは当業者が甲引用例に基づき容易になしうる程度のことであるとした判断は誤りである。

第三答弁

被告指定代理人は請求の原因について次のとおり述べた。

一  原告主張中、前掲一ないし三の事実は認める。

二  審決には原告主張の前掲四、(一)ないし(三)のような違法はない。また、本願考案の進歩性に関する審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の前掲四、(四)のような違法はなく、その主張は次の点から失当である。

(1)  丁引用例との対比について

丁引用例の考案及び本願考案の各構成における「縦横に」の意味に原告主張のような差異はない。丁引用例には、電柱貼紙防止網として網状体の縦横に多数の突起が立設された構成のものが記載され、これについて「本体Aの各縦帯5、5および横帯6、6を突設した多数の突起12、12のために貼紙等の貼付が不可能となる」と記載されている点からみても、その考案は、貼紙の貼付を不可能にする効果を奏する点において本願考案と同一である。この場合、突起を取付ける下地が板状体か、網状体かの差異は、当事者が適宜選択できる程度のものであつて、その点に格別の考案はない。

仮に、本願考案の構成において「縦横に」が「万遍なく」あるいは「無数に」の意味であるとしても、丁引用例のものにおいても、網の目を細かくして突起を設ければ、それが万遍なく無数に設けられたも同然であり、また、本願考案が突起を「タテ、ヨコに」に設けたものを除外するものと解すべき根拠はないから、この点でも両考案の突起に関する構成が異なるとはいえない。

次に、丁引用例中、「貼紙の裏面に糊を塗布して主体Aの表面に貼り付けても、糊は突起12、12の極めて少ない面積の部分にしか接触せず、貼紙を保持するほどの附着力は生じないので、いかに多量の糊を用いても貼紙の貼着は不可能となる。」との記載及びその図面によれば、丁引用例の考案の構成は、突起間に空間を有する構造であつて、雨水の侵入、空気の流入を許すことが明らかであるから、原告主張のような本願考案と同様の作用効果を奏するものである。

(2)  甲引用例との対比について

甲引用例の考案は板状体を電柱に巻きつけて電柱等を保護するものであるが、本願考案も、その明細書に記載のように「自動車の接触等に対する建造物の保護を目的とする」から、両考案はその点において差異がない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  前掲請求の原因のうち、本願考案につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続、考案の要旨及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考案する。

(一)  右に特許庁の手続として確定したところによると、本願考案の出願については、拒絶理由通知の後、拒絶査定がなされ、次いで、これに対する不服審判において、二回にわたる拒絶理由通知の後、出願公告決定、出願公告及び第三者の登録異議の申立を経て、原告の審判請求を排斥する旨の本件審決がなされたものであるが、その審決における拒絶理由として、審査段階の拒絶理由通知及び拒絶査定には現われながら、審判段階の拒絶理由通知には現われなかつた甲引用例が示されている。

思うに、特許法第一五九条第二、三項(実用新案法第四一条によつて、実用新案の審判に準用される。)によると、拒絶査定に対する不服の審判において、審判官が、原査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には新たな拒絶理由通知をし、また、反対に審判請求を理由ありと判断した場合には出願公告決定をしなければならないが、審判官がそれ以上に、その拒絶理由通知または出願公告決定をした時点の拒絶理由に関する判断に拘束されて、もはや原査定の理由をもつて拒絶理由とすることを許されないものと解すべき法律上の根拠はない(いわんや、出願公告決定を民事訴訟法における中間判決に擬すべきものとする原告の主張は独自の見解であつて、にわかに賛成することができない。)。そうだとすれば、本件においては、拒絶理由の変移に関し前記のような経緯があるため、出願人たる原告としては理解に苦しむものがあることを推測するに難くないけれども、他に特段の事情がない限り、本件審決において採用された拒絶理由(甲引用例)が審査段階で示されながら、審判段階においては一旦解消したかにみえるものであるというだけで、右審決を、原告主張のように、信義則、禁反言の原則に反し、もしくは法的安定性を著しく損い、または出願公告制度の本旨に反するものということはできない。

(二)  次に、丁引用例の考案が審決認定にみられる前記のような構成であることは原告の認めて争わないところであり、これと本願考案とを対比すると、両者は、審決認定のように、合成樹脂で構成し、表面の縦横(ジユウオウ)に適宜の相互間隔を保つて小突起を備えてなる貼紙防止カバーである点で一致し、本体が、本願考案は板体であるのに対し、丁引用例のものは網体である点で相違することが認められる。

もつとも、成立に争いのない甲第一号証(本願考案の実用新案公報)及び第三号証(丁引用例の実用新案公報)によると、丁引用例のものにおいて、縦帯(別紙第二図面の5)及び横帯(同6)、したがつて、その表面にある多数の突起(同12)は縦横(タテヨコ)に列設されるものであるのに対し、本願考案において本体表面にある小突起(別紙第一図面の3)あるいは凹凸は縦横(ジユウオウ)に(万遍なくの意)設けられるものであることが認められるため、両考案の各構成における「縦横に」の意義には一応原告主張のような差異があるように考えられるが、前出甲第一号証によると、本願明細書には、「縦横(ジユウオウ)に」設置の具体的態様が「適宜の相互間隔を保つて」と説明されているのみで、特に縦横(タテヨコ)に設置するものを除外する旨の記載がなく、また、突起を「縦横(タテヨコ)に」に設置するのと万遍なく設置するのとで、その作用効果に差があるものと認むべき記載もない(なお、本願図面の第3図には縦横(タテヨコ)に整然と配置された小突起3が画かれているといえないことはない。)。したがつて、本願考案における「縦横(ジユウオウ)」の概念には、丁引用例におけるような「縦横(タテ、ヨコ)に」の場合をも含むものと解するのが相当であるから、両考案は突起の配置の点においては実質的な差異がないといわざるをえない。

そして、本願考案と丁引用例のものとの唯一の相違点たる本体の構成について、審決はさきに確定したように、これを丁引用例のもののような網状体に代えて本願考案のような板状に構成することが甲引用例に基き当業者の容易になし得る程度のものであると判断している。そして、甲引用例の考案が審決認定にみられる前記のような構成であることは原告の認めて争わないところであるが、成立に争いのない甲第四号証(甲引用例の実用新案公報)によると、甲引用例の考案は、名称を「電柱用カバー」とし、電柱に自動車等の車輛が衝突したときに生じる両物体の損傷を可及的に軽くすることを目的とする緩衝用カバーに関するものであつて、柔軟性基板の外面に多数の柔軟性中空凸条を一体に形成する構成とし、これによつて、右のような損傷軽減の作用効果を奏することが認められるのに対し、前出甲第一号証によると、本願考案は、「貼紙防止用カバー」という名称のとおり、電柱その他の建造物に対する貼紙を防止することを主要な目的とし、さきに確定した考案の要旨のように構成され、これによつて、電柱等に貼紙をすることを困難にし、また、強いて貼紙をしても、これを剥離しやすくする作用効果を奏することが認められるから、本願考案と甲引用例のものとは、少くとも主要な目的及び作用効果において異なるものがあるから、たとえ、甲引用例の電柱用カバーが板体に構成されていても、そのことから、丁引用例のものの網状体を板体に代置して本願考案の構成を得ることがきわめて容易であると考えることはできず、これによる効果が甲引用例のものから予想される範囲を出ないものであるということもできない。

ただ、前出甲第一号証によると、本願明細書には「――――自動車の接触等に対する建造物の保護を目的とする」との記載があるが、この点については、それ以上に言及されていないから、右記載は、本願考案としてはそれほど重要性のない副次的目的をうたつたにすぎないものとみるのが相当であつて、前示判断の妨げとはならない。

してみれば、審決が本願考案を甲引用例から極めて容易に想到し得る程度のものであると判断したのは誤りであり、さような判断のもとに本願考案の進歩性を否定した審決は違法であるというべきである。

三  よつて、本件審決に違法があることを理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 橋本攻 秋吉稔弘)

別紙 第一図面

別紙 第二図面

別紙 第三図面

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